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説明と理解のための手引き

私たちが家族性大腸腺腫症により良く対処することを目的として、この疾患に関する概略がここに説明してあります。出てくる用語については、どこかに解説あるいは図があります。最初は意味がわからなくても、随時参照して、あるいはそのまま読み進むうちにだんだん理解できるようにしてあります。ただし個々人によって状態はたいへん異なることも事実です。この説明と一致しない場合もあり得ます。その時々に担当の医師、あるいは遺伝性腫瘍に詳しいカウンセラーに遠慮無く質問してください。
(英語病名を直訳すると家族性腺腫症ないし家族性腺腫性ポリポーシス ですが、ここでは家族性大腸腺腫症としています)

 

I.家族性大腸腺腫症の4つの特徴と冊子の意味

家族性大腸腺腫症(FAPと略します)の特徴は、

  1. 大腸に多数のポリープ(腺腫と読み替えできます)が発生する
  2. 常染色体性優性遺伝性の疾患、(一部劣性遺伝性)
  3. 大腸癌を発生する危険がきわめて高い、および
  4. 1つの症候群である、の4つです。

しかしFAPを不必要に恐れたり無視したりすることなく、正しく理解して対処すれば、元気で働いて長命を得ることができます。それは家族の方々のみならず医師、看護師、カウンセラーにとっても喜ばしいことであります。そのためにはいろいろな方面から正しい情報を得ることが重要で、この冊子もその一つの情報です。

 

II.FAPの定義

臨床的定義:大腸におよそ100個あるいはそれ以上の腺腫が存在するもの。

原因遺伝子による定義

  1. APC遺伝子変異を原因として、大腸に腺腫が多発することを主な症候とする優性遺伝性の症候群。
  2. MYH遺伝子変異を原因とする、劣性遺伝性の症候群:腺腫の数は少ないといわれますが、結局APC遺伝子が壊れることに変わりはなく、臨床的には FAPとして区別せずに扱う必要があります(Sieber OM, et al. N Engl J Med 348: 791-799, 2003)。 今後の研究の発展が期待されます。(頻度は多くないと考えられるので、ここではMYH遺伝子については解説しません)

定義の違い

多くの場合、臨床的定義とAPC遺伝子による定義は一致します。しかし家族内発生があり、あるいは臨床的に明らかにFAPにもかかわらず、原因となる遺伝子変異が見つからない場合があります(最近ポリープ数の少ないもので劣性遺伝性のポリポーシスにMYH遺伝子が見つかりました)。逆にAPC遺伝子変異がありながらポリープの希薄な例(attenuated type;希薄型)もあります。どちらもFAPとしています。なお、家系内にFAP患者さんが自分一人だけである場合にも、上の定義に当てはまればFAPとしています。

 

III.FAPに発生する大腸腺腫の特徴

発生状況

最も多く見られるポリープは比較的小型(1cm以下)の半球状のポリープで、これが大腸全体に分布します (図1)。正常粘膜が目立たなくなるほど密生するタイプ(密生型)と、むしろ正常粘膜を背景にポリープが多発するタイプ(非密生型)とに分かれます。大きなポリープがゴロゴロ目立つもの、部分的に密生するもの、あるいはポリープの目立たないもの(希薄型)など、個人、家系あるいは年齢によりバリエーションは様々です。このように腺腫が大腸に多数存在する状態を、大腸腺腫性ポリポーシスすなわち大腸腺腫症と呼んでいます(定義参照)。

腺腫の組織像

図2に示しますような組織像を呈します。一般の人(通常40歳以後で数個から数十個までの発生にとどまる)の腺腫と全く区別できません。

 

IV.FAPの頻度および簡単な臨床統計的事項

FAPの発生率

国や地域による大きな差は有りません。発生率はほぼ人口1万人から2万人に一人といわれています。日本では17,000人に一人と 計算されています。 診断時年齢(図3−1):大腸癌研究会のポリポーシス登録委員会に登録されている FAP患者さんの男女別診断時年齢とその中での大腸癌の割合がグラフで示してあります。

累積大腸癌発生率(図3−2

先の資料から、年齢で累積した大腸癌発生率が計算できます。
FAPとは分からずに大腸癌で亡くなった方、まだFAPと診断されておらず大腸癌も発生していない方、あるいはFAPでも登録されていない方、 等々が抜けますので、ある程度のバイアスはまぬがれませんが、ほぼ実情を示していると考えます。
FAPでは25歳過ぎ頃までに 1%弱、40歳すぎると50%に、また60歳までには90%の確率で大腸癌を発生する計算です。ただし20歳代で大腸癌になる方がいる一方、 60歳でも少数ながら大腸癌にならない方がいることになります。ですから全体的な傾向をしっかり理解すると共に、個々人の大腸の状態の把握が 大変重要です。
参考までに、一般の方では80歳まで生きるとして、その間に大腸癌に罹患する確率は高々7% - 8%であることに注意してください。
FAP患者さんの死亡原因と死亡時年齢:FAPに対処するには、死亡の原因を知ることが大変重要です。1990年以までに死亡が判明した人の死亡原因は、 大腸癌(疑い含む)が80%を占めました。その際の死亡時の平均年齢は男44.4±12.7(平均±標準偏差)歳、女40.5±12.6歳でありました。
1991年以降に死亡が判明したFAP患者さんの死亡原因および死亡時平均年齢は、改善を見ています(表1、2)。これはこの間の治療の進歩、特に大腸癌の予防的治療とその後の定期的検査等、FAPに関する知識の普及向上によるものと推測されます。

 

FAPの大腸以外の合併病変(随伴病変)

FAPに合併する病変には種々な病変があります。これもAPC遺伝子に関連すると思われます (図4)。これらのうちには、あまり心配する必要のないものと(図5−1) 、注意が必要なもの(図5−2)とがあります。注意が必要なものは、各種の癌および デスモイド腫瘍等です。  ですから既に大腸の手術を受けた方の場合、今後は

  1. 癌の危険が大幅に減った、
  2. せっかくの手術を有効にするために、定期的に受診してチェックを受け続ける、という認識が必要です。

臨床的事項のまとめ

  1. 若年での発症、
  2. 多発あるいは複数の臓器に発生する癌、
  3. 家族内発生の傾向、
  4. 症候群、ということになりますが、それに応じた対策特に大腸への対策によって対処可能です。

V.FAPの診断

検査や医療を受ける理由:治療の最終的目標は、FAPの予後の改善であり、一般の人と同様な寿命を得ることです。当面の目標はFAPに罹患した親より長生きすることであり、とくに親の世代より良いQOL(生活の質) で長生きすることです。  そのためには、

  1. FAPであるか否か、
  2. もしFAPなら大腸癌発生以前、少なくとも早期癌の時期に診断する、等が必要です。

主要な検査

FAP患者さんの親、同胞(兄弟姉妹)あるいは子供は、患者さんの第1度近親者と言いま す。患者さんの第1度近親者は、 FAPである可能性がありますので、それについての検査を受けるこ  とが必要です。診断にはいろいろな検査法がありますが、重要なもの2つを説明 しましょう。そのほか の検査は、個々の状態にもよりますので、担当医師から十分に説明を受けて下さい。

 

[1] 大腸内視鏡検査

腸内を直接観察でき、組織検査もできる是非必要な検査です。

a) 大腸内視鏡検査でポリポーシスが発見された場合は、FAPと診断されます。
b) 大腸内視鏡検査でポリポーシスが見つからなかった場合。

b1)FAPではない
b2)FAPであるがまだポリープを発生していない。

の二通りが考えられます。b) の場合は、一年後に再検査をうけます。 FAPなのに35歳以上になっても ポリポーシスを発症していない場合は 例外ですので、この時期まで検査を受けて陰性ならば、FAPはほぼ否定されます。遺伝子検査を受けることも考えられます

 

[2] 遺伝子検査

FAPの診断に必須な検査ではありません。幾つかの利点と制限とがあります。その利点 および欠点の説明をよく聞き、質問し、自分が検査を受ける意味を十分に理解してから検査を受けて 下さい。検査法にも何種類か有り、費用も比較的高価です。

 

a)

臨床的にFAPと診断されている患者さん本人の遺伝子検査を行う
a1)遺伝子異常が発見された場合;家系内でまだ診断が付いていない方の遺伝子診断が可能です。
a2)遺伝子異常が検出されなかった場合(30%程度あります);FAPであるという診断は変わりませんが、家族の方々の遺伝子診断はできません。(b2参照)

b)

FAP患者さんの家族の遺伝子検査を行う:家系内の患者さんの遺伝子変異が特定されている場合:遺伝子検査は可能です
b2) 家系内の患者さんの遺伝子変異が特定されていない場合:家族の遺伝子検査は勧められません(異常が検出されなかった場合、 本当に陰性なのか、FAPなのに検出されないのか、が判断できないためです)。

VI.FAPの治療

一般の癌では、その時の癌の広がり具合と、最初の手術が決定的意味をもちます。FAPの場合は、それとはかなり事情が異なります。どれほど見事な手術でも一回の治療でFAPを解決するわけには参りません。また癌の危険性は大腸だけではありません。すなわち 「生涯を通して定期的に受診する(FAPの自己マネジメント)」、「手術は、治療の始まりを告げるもの」という理解が必要です。

a)

定期的観察:大腸ポリープが小さく(1cm以下)て、あまり密生していない場合−−大腸癌の心配があまりない場合−−は医師の指示に従って 定期的に診察を受けます。定期検査は治療の一つと考えて下さい。定期的診察は大腸に限りません。大腸より危険度はずっと低いのですが、 注意すべきものとして胃、十二指腸、デスモイド、子宮、卵巣、甲状腺があります(表3)。 検査の間隔はあまり短くても無駄で負担が大きく、また長すぎると危険ですので、医師に相談しましょう。

b)

薬物療法:ポリープを減少させると言われている薬を使用している方もおられます。ただし、癌の発生を抑える薬はありません。

c)

手術療法:手術は、FAPの年齢別累積大腸癌発生率、患者さんのポリープの状態、大腸癌の有無、家族の方々の癌発生状況を勘案して、 その時期あるいは手術の方法を考えます。大腸癌を発生してから手術するのと、大腸癌発生前の手術とではその 予後は大きく異なります (図6)。手術方法には大きく分けて3つありますが、それぞれ利点欠点があり、担当医師に相談してください(図7)。最近は腹腔鏡下手術により、傷跡も以前とは比較にならないくらい小さくなり、手術の後も楽になりました(不可能な場合もあります)。繰り返しますが、手術は治療の始まりである、ことを忘れないでください。

d)

遺伝性腫瘍カウンセリング(遺伝子診断時のカウンセリングとは異なります):大腸の治療、経過観察、子供の問題、体の調子が悪い場合、経過中の腫瘍の発生、精神的問題、医療経済的問題、社会資源などの広範囲かつ長期に渡って相談に乗れる、遺伝性腫瘍専門のカウンセリング体制は特殊な場合以外はまだ整備されていません。担当医が相談者です。

VII.FAP全国登録によるの臨床的実態の把握

ある病気に対処するには、その病気の実態を知る必要があります。FAP は少ない病気であり、また何世代か続く可能性が有りますので、一人の経験で十分な知識を得ることはできません。
大腸癌研究会では、各施設からFAP患者さんの臨床的事項について各病院から登録を受けて、集計検討しております(ポリポーシス登録委員会)。
その目的は、年齢毎の大腸癌の発生、各種癌や合併する病変の現れ方、治療方法、治療の効果、合併する疾患、死亡原因および死亡年齢、家族内発生状況その他解析必要と思われる臨床的事項の集計です。この冊子を作成できたのもその作業の成果によるものです。尚、APC遺伝子については登録しておりません。

VIII.自助組織としての患者さん会

FAPは希な疾患です。正確な知識がなければ、遺伝性ということで不要な恐怖感あるいは、拒否の反応、家族内の偏見が芽生えることがあります。子供の将来についての心配もあります。したがって患者さんおよびその家族は不安の中に孤立しがちになります。
FAPに対する公的機関からの個別な援助は現在のところ一切ありません。またFAPについての主な情報源はお掛かりの病院の担当医ですが、さらに他の情報源がほしい場合、あるいは他のFAP患者さんの経験などを聞きたい場合、等々があります。そこで自助努力が必要になります。
患者さん、家族、およびそれを応援する人々が集まって、幾つかの患者さん会が組織されております。 2002年現在、関西に ハーモニー・ライン、関東にハーモニー・ライフ が存在し、ニュースレターを発行しています。両組織は連携していますが、設立の趣旨や活動などはそれぞれに問い合わせて下さい。
なお、遺伝性腫瘍に特化した研究会としては、大腸癌研究会から生まれた 家族性腫瘍研究会があります。

IX.医療社会的(公的)支援の妥当性

成熟した日本社会を考慮した上で、次のことがあげられます

  1. 国の施策である癌対策への貢献;FAPは大腸癌発生過程の解明に重要な疾患です。
  2. 親が若年死、ないしは若年で頻回医療を要することが一代限りではなく、代々子供が経済社会的ハンディキャップを負う可能性があること:医療保険費さえも捻出困難な場合があります。
  3. 体の機能が悪いわけではなく、問題は「癌になりやすい」ことだけですので、予防的対処が可能であり、若いので社会貢献ができます。その予防的処置さえためらわれる状況です。
  4. すなわち適切な医療が必要ですが、予防的治療であれば補助の費用が低くすみます。
  5. 実際の患者さんの数は少ないので、公による支援の負担も少ないと思われます。
  6. 「治療して元気に働けば遺伝性疾患が増えるのではないか」という偏見があります
    患者さんは少数ですし、そのような事実は全く有りません。現代人間社会では、経済的に豊かな国や集団では子供が少なく、貧しい社会ではむしろ出生が多い現象も参考になります。

X. 遺伝性腫瘍マネジメント

遺伝性腫瘍をマネジメントするシステムの確立が今後の問題です。
いままで遺伝性腫瘍は、遺伝子診断、外科手術などといった「点」での事象に重点が置かれがちでした。しかし今後、そのような短期の事象よりも、生涯にわたる普段の問題:たとえば術後の身体的問題、受診の継続が困難な場合、複数回の治療による学校や社会生活の中断、家族内の複数の罹患と治療、結婚、出産、経済問題、侵襲 の少ない検査・治療による長期生存、等々に重点を移す必要があります。そのような問題を解決するため、患者さんの努力のみならず、医療者の理解と研究、社会資源の提供や援助がシステムとして機能するような方向に努力する所存です。

以上

 

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